ぼくは、この庭が好きだ。

心がホッとする場所だから。

ぼくは柴犬。名前は「わっち」。

小さいころ夢中で遊んでいたら偶然迷い込んだこの場所。

今は誰も住んでいない、どこか懐かしいおウチの庭。

休みの日はここのフカフカの芝生でお昼寝をするのが日課なのだ。

「そろそろ来る頃かな?」

しっぽが無意識に揺れだした。

「お!先に着いてたんだね?」茂みの奥から優しい声がした。

「先生!久しぶりですね」しばらく見なかったので少し緊張気味にわっちは答えた。

この方はクマのドン先生。前に、この庭で寝過ごしてしまった時、偶然通りすがりのドン先生に起こしてもらったのがきっかけで、たまに会って話すようになった。

クマのドンはこの町でカウンセラーをしていて、皆からは先生と呼ばれている。

「どう?仕事は順調?まだ緊張するかい?」とドンはわっちに尋ねた。

「緊張するし、細かい仕事に気を取られてなかなか前に進められなくて…。1日が終わるとどっと疲れが…」

わっちはこの町の八百屋で働いているのだが、自分の繊細な心を上手く扱えないでいるようだ。

「やっぱりキミは、HSPのようだね」ドン先生は言った。

「HSPってそれ、ぼく?」わっちは不思議そうに尋ねた。

「そうだよ。みんなと一緒に長い間いると疲れてしまう。」ドン先生はこう続けた。

「イライラしている方がいると緊張してしまう」

「細かいことによく気づく代わりに、何をするにも時間がかかる」

「ストレスで疲れやすく、体調を崩しやすい」ドンはわっちを見る。

「すごい。全部、ぼくのことだ…」わっちは驚いた表情でドン先生をみつめた。

「HSPとは、エイレン・アーロン博士という人が提唱したHighly Sensitive Person の頭文字からきていて【とても敏感な人】などと人間界では訳されているようだね。我々動物界にもあてはまるんだ。私が見てきた知り合いのHSPもそんな特徴を持っていることが多いんだよ。だからキミもそうみたいだね」

ドンが言うと、わっちは「HSPって悪いことなのかな。なんかネガティブな感じ…」と不安げに漏らした。

「いやいや、そんな事はないぞ?繊細さは生まれ持った気質。生まれつきの肌の色とか、性別や背が高い・低いなどの特徴と同じように、生まれつき繊細だというだけの事だよ。そこに優劣はない。だいたい、自然界では5人に1人の確率で生まれてくると、アーロン博士は唱えているんだ」

「5人に1人?!けっこういるんだ。」わっちは驚く。

「アーロン博士は人間だけど、人間だけでなく動物でも全体の約15~20%はHSPと言われている。種として生き残るためには、積極性のある個体だけではダメで、慎重な個体であるHSPも必要ということだね!だから、わっちは全然悪くなんかないんだよ」ドンは優しい口調で語りかけた。

「ボク、HSPの事、もっと知りたいな!教えて!」とわっちは真剣な眼差しでドンの顔をのぞく。

「おっと。次の仕事の時間だな…。また今度の休みにこの庭で会おう。その時にまた話してあげるからね!」

と言って急ぐように庭を後にした。わっちは少し寂しそうな表情を浮かべたが、同時に自分がどんな存在なのか知りたいという好奇心に満ちた気持ちになった。

 

つづく